Looking for a Sense of Authenticity

<芸術は長く、人生は短い(Ars Longa, vita brevis)>

つれづれといく先を想う

ぼーっとはてなブログの購読リストを整理する。寝る前になんだかダラダラとしてしまい。

登録ブログを遡っていて、今更に旧知の知人が京都に行っていたことを知る。それがいいと心から思う。彼にとっては京都は行くべき場所と思える。私にとってはかつて通った場所。京都はいつか行くとしても中継点なのだろう私には。来月、子供と行く初めての旅行先ではあるのだが。

私にとってのいつか向かう場所とはどこなのだろうか。東京は行くべき場所として出てきて、意図せず大阪、ほんの少しだけの京都を経験してまた戻ってきた。大阪は行くべき場所、なのだろうか。また住みたいけれど、ありえなそうにも感じる。故郷以外で今でも行く場所は大阪のみなのだけれど。

いまは、人生のどの時にも増して潜っている時。潜って浮かび上がったあとには、景色は変わってるかもしれない、し、潜ったままそこに何か見つけるのかもしれない。

不安だけど充実している。だが、元の世界と対話するにはあまりに土台が不安定である。違う位相に辿り着けた、と思ってからまた眺め返すことにしようとしている。

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細野晴臣 分福茶釜 (平凡社ライブラリー)

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