Looking for a Sense of Authenticity

<芸術は長く、人生は短い(Ars Longa, vita brevis)>

久しぶりに雑記

往復書簡としてnoteはしばしば書いているがこちらは最近遠ざかっていた。取り立てて毎日なにもない、ということか。気が向いたので雑記がてら書く。

週末、からだの疲労からかやる気があまり起きず、せいぜい掃除と洗濯程度の家事しかできなかった。できただけえらい。それくらい疲れ切っていたので、妻子との用事を断って整体にいくことに。行きつけのところが遠かったのと治療めいた感じにしたかったので、たまに保険治療で行くところに保険外でしっかりとからだを見てもらうことにした。

触診してもらって自分でも意識的になれたのだが、ガチガチ。首筋、腰回り、そして両足。つまりは全身。ここまでだれてしまった時ってどうしてたっけ。風呂でもあまり効果なかったし。ストレッチもたまにやる程度だから予防にならず。プロの必要性とありがたみを実感した次第だった。45分ほどじっくりともみほぐししてもらい、できたら翌週ももう一回きたほうがいいということでいま、60%くらいの快復感で日曜日を迎えている。

やりたいことがあって、そのために週末に時間をもらったのだが、どうも進まない。肉体がつらいと気持ちものってこない。たまに書いている気がするが本当に今回も実感している次第。食べ物も学生時代みたいにめちゃくちゃ。食べる気しないし食べるときにあるものを腹に詰め込む、というダメぶりである。なんつーか、家族を持つとそういうところは良いなと思う。自制が効くというのはあるな。独り身続きだったらどうだったろう。仕事にのめり込んでいたか、いや、もうトシだから辞めちゃって後悔していたかもしれないな。

も少し語るべき日常があればと思う一方で、相変わらず語らなくてもいいことを語り続けているソーシャルな世界だから無理する必要もないか、とここは相変わらずの備忘録としていく所存ナリ。あらあらかしこ。

コールセンター

コールセンターに電話することでなにか良かったなということは思い出せない。今日、開設したきり使ってなかった銀行を使ってみるかと入金手配をしたらエラー通知。そのために証券会社にも銀行にも電話してダラダラと待つ羽目になった。ま、時間かかるのは想定内だししょうがないとは思うのだが、たらい回しにされた結果、たんに長らく使ってないから再開手続きがいります、だと。そんなん最初の担当で解明しろやという感じ。あるいはエラーの段階でエラーの種類がわかるわけだから表示してくれたらいい。それだけの話。こんな非効率なのにAI入れて人間はそれ以外のこと、とか言ったりしてる。人員削減しますとかいうことでAIに移行だよと言ってもしばらくこんな感じなんだろうなと。メガバンクとか大丈夫かと思った話。ま、リテールなんてメガバンクからしたらクズなんだろう。それにしてもネット銀行の利便性とメガバンクの信用との差はなかなか埋まらないのでしょう。証券会社開設の手続きも手続き的すぎる感じだった。

コールセンター無駄ですねの話だった。チャット、FAQで済むなら済ませたかったエラーだった。終わり。

ちょっとずつ人と会う

いろいろとオファーをいただいたり、こちらから連絡したりして最近はめずらしく人に会うようになった。とりあえずひと段落となったが、オファーもらうことは嬉しいものです。前の職場で知り合った数年ぶりの人、大学院で知り合った人、職場をやめたけどたまにあっている実業家、大学時代からたまに会うエロ実業家。刺激的であった。数ヶ月前にお会いした人たちとは、俺がダウナーな時期で申し訳ない感じもあったが、最近の会合はまあ気楽に楽しく呑んで食べて楽しく団欒した。来月はギタージャンボリーもあるし、ちょくちょくイベントがあるのが良い。あ、来週は研究会もあった。これは2回目の参加になるけれど。

育休は、家族事情もあったので、もちろん俺のもろもろの整い事情もあるので半年間延長した。良い季節にしたい。なにかをやるべき、ということはなくなってきて、ただ日常を楽しく過ごすためにやれることをやる、という似ているようでちょっと違う構えがあると楽しくやれることが多い。ま、真剣に考えすぎないこと。だけど、ちょっとしたトライを積み重ねることというのが大事なんだろうと思う。ゆるっと日常メモと生存報告まで。

往復書簡

旧知のいぬじん氏と不定期往復書簡をやり始めた。当ブログの雑記もたまにやるけど、こちらはコール&レスポンスなので不定期ながらに週一くらいは書き連ねていくかもしれない。とはいえ、身内の不幸があり近日の予定はわからないのだが。

 

日記、雑記としてのモノローグも良いが、相手のあるやりとりというのも良いものだ。テーマはその時ごとに移り変わるので新しく考えてみることもある。その際に過去の思い出やら経験を振り返ることにもなる。心地よい。

 

文脈関係ないが、もっと遊び、楽しむことをわれわれは大事にしたほうが良いだろうと最近思う。勝つために、儲けるために、皆に迷惑かけないために、こんなあたりをひとつ脇においてみれば良いのでは。

それくらい思ったところで、私たちに植え付けられたOSはなかなか無効化しないよ。自然とやってしまうんだ。ということで、半端な向上心も宗教としてのビジネスマインドも捨てて、楽しむフロー状態を目指していけたら良いなと。往復書簡がそのヒントになったら良いなという思いもある。

 

漱石・子規往復書簡集 (岩波文庫)

漱石・子規往復書簡集 (岩波文庫)