Looking for a Sense of Authenticity

<芸術は長く、人生は短い(Ars Longa, vita brevis)>

修行期

練習とかプラクティスが苦手な俺だが、あることをこつこつとやっている。脳みそのトレーニングみたいなもんか。外圧でやるタイプなのでセミナー行ったり、科目等履修生受けたり、最大なのは大学院行ったり。大学院は少し違うかな。

社会人の良い癖か悪い癖かわからないが測定して評価する、というのがないとなかなか続けるのが難しい。あまり測定出来ないことなのでなんとか踏ん張ってやっている。ま、育休以降は3カ月のクォーター刻みで生活プランすることを今は考えているので、秋までかな。とにかく今は修行期。楽しい内容もそうでないこともある。なんとか時間だけは工面している。

本題ではないが、フロンターレの大島のインタビューを読んで感じるところがあった。

川崎F・大島僚太が語るW杯とこれから 「自分がやるべきことを書き殴った」 - スポーツナビ

大島はワールドカップで期待していたひとりなのだが、ゲームメイカーとしての柴崎が良すぎて出られなかった。ゲームメイカーをダブルで使う、というのは流石にオフェンシブな西野監督でもやらなかったわけで。ふたりがモドリッチラキティッチだったらなあと思った人もいるだろう、きっと。併用を見てみたいふたりである。

で、インタビューの中身。試合に出ないことには振り返ることもできない、というのは建設的でもあり、なんだか悲しくもある。どこか泰然としているようだが、悔しくないわけはなかろうし。

敗退後に感じたことをノートに書きなぐって読み返さなかった、というのも自分もたまにやったりする行為だったりする。今日も脳みそトレーニングしていて意識したいことを本筋でなくてもその場でメモしたりしていた。書きつけることには記憶の外化以外にも意味がある。意識化を強めるような働きかなと思う。

サッカーでもプロレスでもいいけど、たまに滾る思いを発したい。Jはボチボチ再開、海外サッカーもこれから。プロレスは最近ご無沙汰だが、クロ現でみた新日の今は見てみたくなった。しかし大補強したグランパス、いい加減に応援させてくれよ。外国人頼みになっててガブちゃん以外にストロングポイントがないなあ。

 

 

つれづれといく先を想う

ぼーっとはてなブログの購読リストを整理する。寝る前になんだかダラダラとしてしまい。

登録ブログを遡っていて、今更に旧知の知人が京都に行っていたことを知る。それがいいと心から思う。彼にとっては京都は行くべき場所と思える。私にとってはかつて通った場所。京都はいつか行くとしても中継点なのだろう私には。来月、子供と行く初めての旅行先ではあるのだが。

私にとってのいつか向かう場所とはどこなのだろうか。東京は行くべき場所として出てきて、意図せず大阪、ほんの少しだけの京都を経験してまた戻ってきた。大阪は行くべき場所、なのだろうか。また住みたいけれど、ありえなそうにも感じる。故郷以外で今でも行く場所は大阪のみなのだけれど。

いまは、人生のどの時にも増して潜っている時。潜って浮かび上がったあとには、景色は変わってるかもしれない、し、潜ったままそこに何か見つけるのかもしれない。

不安だけど充実している。だが、元の世界と対話するにはあまりに土台が不安定である。違う位相に辿り着けた、と思ってからまた眺め返すことにしようとしている。

f:id:shiraber:20180719231506j:image

 

細野晴臣 分福茶釜 (平凡社ライブラリー)

細野晴臣 分福茶釜 (平凡社ライブラリー)

 

 

 

アザールはハザード

と、早野さんがいつも通りダジャレで言っていた2018夏を俺は忘れない。

ハザードなエデンアザールのドリブルを見つけたので貼っておく。人のツイートを貼るのははじめてのような気がするが出来るか?

Europe on Twitter: "フランス🇫🇷対ベルギー🇧🇪戦のエデン アザールのドリブル集です!改めて見直して見ると上手すぎますね…… "

そのままリンク貼っても呟きは見られないな。embedなになにというソースでないとダメぽい。自分のは下のようにツイッタアイコンを選択すれば反映される。仕様チェックまで。

 

大雨のせいで機会を逃すも、雨降って学び深まる

だいぶ久しぶりにid:inujinと会える機会が出来て楽しみにしていた。ランチをする約束で、そこそこ長い時間ご一緒できるはずだった。(そういや久しぶりにIDコールをするな)
しかし、ここ最近の大雨で交通機関も止まってしまい、残念ながら会うことが出来なかった。とても残念だ。近況報告をしたり単に駄弁ったりしたいと思っていたのだが。よりによってピンポイントでこういう事態になるとは思わなかった。出来事というのはつくづく不思議なものだ。

そんなやりとりをチャットツールでしているうちに、知らずしらず近況報告をダラダラとすることになった。お互いに時間があいたもので、なんとなくぶら下がりタイムになった、という感じだろうか。
私は、最近感じていること、修論研究してみて感じたことと、そこから感じてこれからやってみたいことなどを伝えた。あとは、育児のことなども伝えあった。他にもいぬ氏もいろいろと伝えてくれた。ずいぶんと久しぶりながらこういうのをたまにやれるからいぬ氏とは繋がっているのだろうと思う。

彼とか親しい人との交流というのは、言い方を選ばずに言えば、ちょっとずつズレたキャッチボールを行うようなものかもしれないなと思う。*1
ビジネスとかそれほど親しくない相手に対しては、いくぶん丁寧に相手が受け止められるようにコンテクストを読み合いながらやりとりをする。その時は、イメージとしては相手のミットが動かないように投げるし受け止めるイメージだ。コントロールをより意識することが多いように思う。達意になるように言葉を選んだりロジックを組み立てたりしている。
それに対して、親しい人とのだべりはどこかルーズなコミュニケーションであるかもしれない。相手の話すことを聴かないわけではないが、言いたいことを言いたいから文脈を無視して伝えたいことを伝える。それでも自分はそれたところに意識的だから拾いなおしたりするほうだが、お互いが言いたいことを言う、がメインになっている。チャットツールで可視化されたログを後で見てみて、つくづく思った。まあビジネスコミュニケーションなら失格だろう。

昨日やりとりしたなかで、ちょっとオンラインプラットフォームのアーキテクチャみたいな話になった。対話に使えるプラットフォーム。昔こんな記事を書いたのだが、このことも引き合いに出しながら。
2012-11-29 - 体系立たない学びの場〜My sweet Andragogy〜(・o・)*2
昨日やりとりしたことは主にこのなかのことで、チャットの条件反射でなく長文で自分語りが出来ること、というのがひとつ大事な要件だろう、ということだった。一晩経って考えてみて、アーキテクチャとともに上に書いたような相手との関係性も要件にありそうな気がしている。つまり、程よい感じですれ違いあったり取りづらい球でもキャッチボールしようと思えたり出来る相手がいることもまた大事なのだと。
だから、アジェンダとか決めて論点をハッキリさせる議論とはまたちょっと違う。そこに職場とかダンパー数アウトな人たちとやりとりする時の対話の難しさもあるように思う。つまり、問題関心だけ共にしていればいいと言うわけではない。
社縁とか職場共同体の難しさもここにありそうに思う。対話大事ですよとかここ10年近くずっと言われ続けているが、所詮社縁は社縁、なのに対話を強要されるというとさらなる拷問感すらある。ホワイトカラーだろうが、共同性が薄れた集団となれば、もはやカンパニーと言わず単にファクトリーなのだろうとも思う。いけない、すぐにこっちのことを書きたくなってしまう。やめよう。

で、こういう対話の場というのは静かな拡がりを見せているようで、いぬ氏のまわりにもそういうオンライン井戸端空間が生まれているということだった。SNSのなかでもN数少なめ、濃度濃いめというのがスイートスポットなんですな。FBは大抵でかくなりすぎる。そのなかでつくれるグループもあるけどどうもね。FBの場にアクセスするのすら嫌なので最近はどうなっているかもしらない。
チャットツールはSlackやらチャットワークやらそれなりに流行っていて職場の生産性向上ですみたいなのには事欠かない。しかし、言論空間とかそこまで言わなくてもブログ以下チャット以上のN数少なめ、濃度濃いめのサービスはぱっと想起できない。あるのだろうけどニッチなニーズだしマーケティング的には難しそうだ。サイボウズLiveがそうだと思うけど、マネタイズしづらいのだろうかクローズ予定だし。
はてなグループはだいぶとおざかっているからさすがにないだろうけど。そういや今はてな社内のコミュニケーションツールどうなってるんだろう。ブログのグループ化ができたらよいのか、なんかできてたような気もする。有料にしてメンバー限定にすれば出来る?検証はしないがやれそうな気もする。とはいえ、一手間だ。。

まあいろいろと書いたけれどたまには気の置けない知人とダベりたい。オッサンになればなるほどに。関係性の履歴づくりはいきなりはできないというのが、高齢化社会のつながりづくりというまた自分の関心のひとつだったりする。健康寿命に影響力多いですね、ってのがNHKですら言うようになりましたしな。疫学、公衆衛生、老年学、保健学のあたりでさかんになっている。このあたりはボチボチ深めていきたいものである。

*1:相手の足元にパスしない走りこませるスルーパス、までは言わないが笑サッカーの日々なのでつい書きたくなったが全然余談である

*2:なんと:bookmarkとはてな記法を使ってもブックマーク数が引用できない。そこそこついた記事だったのだが。

7月になった、クオーターの振り返りもすなむ

あまりいままでは気にしていなかったが、6月終わりになると半年たったね、みたいなことがメディアでも言われているなあと思った。最近は主にラジオをメインにしているが、そういう内容も多かった。

7月の初日から新宿御苑に行って家族でまったりした。いままではあまりしなかった楽しみ方をしている。とても暑い日だったが、木陰を選んで赤子も涼しいエリアを探したら風も心地よいのでそれなりに気に入っていたようだ。

科目等履修生でしばらく通っていた大学院もいったん期間が終わり、ルーティンが少し変わりつつある。人並みに応援していた日本代表も今日、非常に残念な幕切れをした。監督交代のころの最初は、ひどい結果になって今後のサッカーにつながればいいなと思っていたが、やはり勝ち残ると欲が出てしまい、ちょっとした放心状態になっている。細かなところはいろいろと差があるだろうし、詳しい人がいろいろと分析しているが、ベンチの層の厚さはやっぱり違うなと思えた。こちらの控えにフェライニはいないし、相手にはまだヤヌザイもバチュアイもいたのだ。まるで太平洋戦争のようだが、資源を集中して機先を制して逃げ切るしかない、という感じなのだろうか。体格も経験も劣り、横綱相撲ができない私たち日本の在り方もちょっと考えたりした。

とは言え、大好きな乾が躍動してそこは本当に嬉しかった。香川も数字的にはもうひとつでも、乾とのコンビネーションでも輝いていたし、セレッソコンビが再び舞台で見られたのはやはり嬉しい。とはいえ、そこまでセレッソファンではないのだが。ガンバは今ひとつみたいだけど、クルピがんばってほしい。*1

伸ばす力 レヴィー・クルピ 世界で輝く「日本人選手」育成レシピ

伸ばす力 レヴィー・クルピ 世界で輝く「日本人選手」育成レシピ

自分としては、この6月までを一区切りに考えていた。ちょっと忙中閑な時期にまた入ったので、新たなルーティンをつくっていかないといけない。次は9月終わり、まあクオーターで考えている。やることも決めている。気持ちのスイッチは、ちょっと変わり切らない。日本代表を応援していたマインドがちょっとリンクしているので、新しい日常をつくっていくのに、トランジションもありそうだ。

4〜6月のこのクオーターは悪くなかったと思う。いろいろトライできた。家事を頑張れた。洗濯や掃除はいままでもそれなりにやっていたが、炊事を始めたことは自分にとっても大きなことだった。苦手意識があったし、今でもやれている感じはまだ持てないのだが、それなりに調理できている。煮る焼く茹でる揚げる、で言ったら手間にならない焼く茹でるばかりではあるが、自炊が出来ることは、生活力に自信を持てることと繋がっているようで、大きく言えばなんかあっても、まあ生活できるかも、という別の価値観の芽生えもあった。

そういうスキル的なことも大きかったが、マインドの変化もちょっとずつ進んでいるのかなと思う。生活の仕方ががらりと変わったことで、価値観も変わりつつある。一番大事なのは日常。子供と過ごすこともそうだし、妻と慎ましやかに過ごすこともそう。たまに書を読み、思索をするなかで次の人生の準備を始めていく、ゆっくりでもそういう時間が必要なのだろうなと感じている。

知人に教わったしいたけ占いはかなりいまの心境を表しているようで、たまに占いはハマってゲッターズとか石井ゆかりとかを総ざらいするのだが、モード的にしいたけモードである。結局当たる当たらないというよりも、心持ちの指針みたいなもので、それが自分のガイドライン的になることが良い使い方だと思っているので、自己肯定の材料だとしても結構良い感じの指針になっている。
2018年下半期しいたけ占い | VOGUE GIRL

とりあえず、この1週間くらいで立てなおして、新しい歩みを始めたいと思う。
きっと代表選手たちもそんな感じだろう。

*1:宇佐美、豪徳は本当にいらない人選だった。しかしこのチーム状況で今回の戦いみたいにコレクティブにやろうとしたら、中島翔哉は良いかもしれないが、久保、森岡あたりはマッチしなかったように思う。ようは4年前のリベンジのストーリーを資源にチームをつくっていたのだから。そう思うと期待の中村航輔も出ないしリオ世代も簡単には出せないのだろう